キツネは犬科の動物としては珍しく群れを作らずに小さな家族単位で生活し、犬のような社会性が無い動物だと言われいます。
日本にも古くから生息し、妖として昔話に登場しては人間をたぶらかしたり、人間の姿に化けたりして『人を化かす化け狐』と呼ばれることもあります。

寒冷地であるロシア(旧ソ連)では古くからキツネの毛皮が重宝されていましたが、攻撃性が高い上に警戒心が強いため、とても家畜化できる動物ではないと言われてきました。
そんなキツネの家畜化に着目し、実験を行ったのがソ連の生物学者ドミトリ・ベリャーエフ氏です。
キツネの家畜化実験
1959年、ソ連の科学者たちは人を恐れず、攻撃しないキツネを生む実験を行いました。
実験をするにあたり、彼らは『犬と狼の関係』に着目しました。
現在ペットとして飼われているイヌ(イエイヌ)は、オオカミの子孫であると考えられています。
彼らはオオカミがイヌに進化する過程で、最も重要な部分が何かを考えました。
考察の結果、彼らは『犬の持つ従順さ』が重要であると考えました。

野生動物の家畜化で最も重要な因子はおとなしさの選択的繁殖であるという仮説を立てました。
実験では、顔の前に手を出しても噛みつかないような攻撃性の低い、特に友好的な個体同士を掛け合わせました。
そうすることでやがて従順なキツネができるのではないかと考えたのです。
そうして交配を繰り返した結果、驚くべき実験結果が得られたのです。
実験結果

1964年、4世代目が誕生するころには変化が現れました。
キツネが人間に対して尻尾を振ったのです。その中でも1番人懐っこいキツネは、研究者の腕に飛び込んで顔を舐めるようにまでなったそうです。
尻尾を振り、クンクンと鼻を鳴らし、研究者をペロペロと舐めるその姿はまるで子犬のようだったと言われています。
交配が進み、10世代目になると更なる変化がみられました。
従順さといった性格の変化だけではなく、体格が小さくなり、毛色や目の色が変わるなどの体格的な変化が現れたのです。
原因を探るため新世代のキツネたちを調査した結果、アドレナリンレベルが格段に低くなっていることが判明しました。
アドレナリンについて産業技術総合研究所・研究者の安部 浩司氏のホームページから引用します。
交感神経が興奮状態になる時(臨戦体制や逃避状態などストレスがかかった時)、副腎髄質より分泌されるホルモン兼神経伝達物質で、血中に放出されると心拍数や血圧を上げ、瞳孔を開き、血糖値を上げます。また心筋収縮力の上昇、心・肝・骨格筋の血管拡張、気管支の拡張など状況に対応した変化が起こります。
引用:産業技術総合研究所研究者 安部 浩司のホームページ
つまり、動物が敵から身を守ったり、獲物を捕食する際に発生する身体反応(心拍数の上昇・瞳孔を開く等)を、全身の器官に引き起こすホルモンです。
これが低くなった影響でキツネは大人しくなり、目の色や毛の色が変わっていったと考えられているそうです。毛には白い斑模様が混じるようになったそうですが、これは犬によくみられる模様です。
キツネの家畜化を進めた結果、まるで犬のようなキツネが出来てしまったのです。
実験は現在も続けられており、2019年に50世代を超えたキツネの中には犬のように芸を披露するものも現れたそうです。